2011/10/26(WED)
「AKIRA MATSUOKA [DEDICATED TO ANALOG TELEVISION]終了いたしました。」
↓写真をクリックしますと動画を御覧になれます↓
2週間に渡る、池の上現代HEIGHTSでのインスタレーション展示、無事に終了することが出来ました。
今回の展示のための制作をするにあたり、様々な方の多大なるご尽力をいただきました。
この素敵な現代HEIGHTSというお店に行き着く助言を頂きましたOMEGA POINT井部さん、機材やプログラミングなどの沢山のアドバイスを頂いた村井啓哲さん、いつもライブ演奏では的確なセンスで補助してくれている寺田京介くん、展示の的確な修正を助言していただきましたARTECNICO森田さん、裏方として尽力してくれている佐藤くん、そして現代HEIGHTS藤井さんはじめお店のスタッフの方々のご理解が無ければ、絶対に実現できませんでした。
また、沢山のお客さんにご来場いただきまして、本当に感謝しています。
期間中に行ったスペシャルライブ企画においても、直江実樹さん、村井啓哲さん、寺田京介くんには素晴らしい演奏をしていただいた面で本当に支えていただきました。
展示を同時開催していた画家の松尾高志さんにも、スペシャルライブの行われる一日の間、貴重な展示スペースを快く使用させていただきまして、たいへん感謝しています。
制作においても、企画においても、日常的に自分個人で生きているなんてことは絶対に無く、僕自身常に誰かを頼り、誰かに救われてなんとか少しずつ前に進めている、そういうことを深く感じられた2週間になりました。
お客さん、関係者の全ての方々に感謝いたします。本当にありがとうございました。
今回得られた様々なご縁を、今後も更に紡いでいけるよう、引き続き精進していきたいと思います。
2011/09/12(mon)
「今週末は2マン企画に参加いたします」
短波ラジオ奏者直江実樹さんが主催する企画「音の治療室」。
1年前はVELTZ/ORで参加させていただきました。
今回はなんと2マンです。
僕はVELTZで演奏いたします、一番オーソドックスなカセットレコーダーを
複数台使用したスタイルで、VJは寺田君です。約40分の演奏になります。
最近、金属ジャンク、ピアノ、ドローン、声などのミックスの加減が急に理解
出来てきて、とても調子が良いです。
2マンのもうひとかたは山崎怠雅さんというシンガーの方。
とても繊細で、力強く、最初の一言二言の言葉で即座にご自分の世界に
引き込んでしまう稀有なシンガーの方です。
こんな組み合わせの2マン企画を企画してしまう直江さんに感謝です。
通常ではほとんど出会うはずの無い組み合わせ、お楽しみいただけると
思います。横浜ではトリエンナーレも開催中です、いかがでしょうか。
2011/09/17(sat) @黄金町試聴室その2
直江実樹Presents 「音の治療室」
OPEN1900 START1930
\1000+1drink
act
山崎怠雅
VELTZ
2011/08/10(WED)
「夏のイベント3本、無事に終了しました」
先月から三週間の間に3本の企画がありました。
皆でひたすら実験したり、消え行くアナログテレビに捧げる演奏をしたり、ただひたすらに研きあげている自分の音に対峙/提示する演奏をしたり。
色んな結果を生みましたが、全てが己の学びになっていると、今はひしひしと感じています。
落合SOUPで行った「音紡ぐフォトン」にご出演いただいた新潟からのDIESEL GUITAR。
本当に圧巻の音でした。本当に音から光の粒子が飛び散っているかのようで、あの大きな音量でも粒立ちを失わない音創りの繊細さと豪快さには本当に感嘆しました。自分の音を時間をかけて研きあげていくことを、ここまで実践されている方に出会えて、本当に光栄でした。
出演いただいた皆さん、それぞれが忙しい活動をされている中、本当にありがとうございました。
そして、ご来場頂きました沢山のお客さんには本当に感謝しています、これからもよりよい企画/演奏を行っていけるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。
KEITETSU MURAI, REIZEN, HIDENORI SASAKI, amnesia channel & VELTZ
BUM,SCUM,NAOE & SATOU
TV-BUG & MIKI NAOE
cottonioo
CAL LYALL + KOHEI HARADA
NERAE
DIESEL GUITAR
VELTZ
2011/07/06(wed)
「今月のEVENT...「江古田 夏の実験室」&「UNTITLED0003」」
◆まずはこれです。冷泉くんや寺田くん(bum)と何か長続き出来そうな実験企画
をやれたらいいね、と話して実現した企画です。
演奏者の組み合わせは当日決めます。大体三部構成くらいになりそうですが、みんなどんな楽器/道具を用意して来るのか、お互いまったく分かっておりません。
それ自体を楽しんで緩くも緊張感漂う一夜になればと思っています。
よろしければフラリと覗きに来てください。
2011/07/17(SUN) 「江古田 夏の実験室」
@江古田フライングティーポット
\500+オーダー
19:00start
村井啓哲
冷泉
bum
scum
VELTZ
直江実樹
(((AMNESIa-cHANNEL)))
Hidenori Sasaki
◆そして、遂に訪れてしまう地デジ完全移行の日。
この日に合わせたスペシャル企画を行います。
二年以上前,近所に不法投棄されたアナログテレビにインスパイアされ、捧げた音源制作やアナログテレビを使用したライブパフォーマンスを続けてきました。
2011/07/24という日は僕の誕生日ということもあり、何か運命的な流れを感じています。
「僕の生まれた日に、アナログテレビは終焉を迎える」
今までお世話になったアナログテレビに捧げる一夜にしたいと思います。
廃棄物としてのアナログテレビを再利用したサウンド、パフォーマンス、歌、映像、短波ラジオなどで構成される三部構成の一夜。
是非とも体感されることを、お薦めいたします。
2011/07/24(sun) [UNTITLED 0003 / DEDICATED TO ANALOG TV]
-アナログテレビ終焉の日-
@江古田フライングティーポット
¥500+オーダー
19:00スタート
-MEMBER-
cottonioo
直江実樹(SHORT WAVE RADIO)
TV BUG
VELTZ/TV-OR
Kyosuke Terada
2011/06/01(wed)
「福島/陸前高田 支援演奏の旅を終えて」
5/27~29の3日間、福島と陸前高田へ行ってきました。
僕の妻が所属するタヲ太鼓道場に演奏依頼の話が舞い込み、僕はスタッフとして参加させていただきました。
27日早朝に車3台で出発、帰り着いたのは30日深夜3時半。
その間に数回の演奏、そしてワークショップ。途中からの合流組を合わせ総勢19人、物凄い強行軍をよくやりきったものだと思います。
被災者の方々が二次避難されているホテル、総合体育館、お寺、山中のフェス。本当に色々な立場に置かれている方々と触れ合える機会に恵まれ、僕は心から感謝しています。
出発する前から、やはり沢山の不安がありました。
例えば治安、健康被害、天候、しかしやはり一番の心配は、被災地の方々が僕達をどんな対応で迎えてくれるのか?もしかしたら拒絶されたりするのか?彼らに向かってどんな言葉を発せられるのか?そういったことでした。
しかし、現地の方々は非常に穏やかに僕達を迎え入れてくださり、太鼓の響きにきちんと向き合っていただき、また子供達が本当に楽しんでワークショップに参加している姿を見て、僕はやはり色んな妄想を持ち過ぎていたことを知りました。
心使い、気づかい、それが普通に持てていれば、ただ同じ日本人というだけで、僕は大丈夫なんだなと思いました。
「避難してきて、初めて笑った」
「俺、楽しくて被災者だって忘れてた!」
こんな言葉をいただきました。
もちろん、僕らには到底分かり得ない辛い体験をされている方々です、軽々しく慰めの言葉は全く出てきません、しかし、無理矢理に直接そのことに触れなくとも、分かりあえることは沢山あることを、僕は学びました。
きっと、僕らが想像する以上に被災地の方々はたくましく、子供達は元気に生きているんだと思います。
福島から陸前高田に入ったのは深夜。地元の方の車と合流し宿泊場所である公民館へ向かったのですが、真っ暗闇の中で突然瓦礫の山が僕らを囲み始めました。
当然ながら街灯などはなく、かろうじて片付けられた道路をゆっくり進みました。
僕達は、普段テレビで色々観ていることで、あたかも全てを知ったような気になっているんだということを一瞬で理解しました。
テレビでは巨大な船や列車、ビルなどの破壊された風景に目が奪われがちですが、実際に現地に赴くと、道路の路肩にとりあえず寄せ積まれた瓦礫、高さ2mもないはずの瓦礫の列が延々と続いている、それを見ただけで、既に言葉を失ってしまいました。
テレビで観ると大方の瓦礫は集められて徐々に片付き始めているように見えますが、きっと僕達は実際の光景の100分の1も理解出来ていなかったんだと痛感しました。
壊れた車が2000台以上も並べられた光景、あり得ない形に曲がった鉄骨や潰れたバス。道路に乗り上げてしまった船の下を車で通過せざるを得ない日常、いまだに残る崩れた建物の数々、ライトだけを残して破壊され尽した巨大なスタジアム。
そして、磯やオイルや色んなものが混じり腐敗した匂い。
この圧倒的な破壊の跡を見て、考え方やその後の人生が変わらないはずはありません。
今回の旅で僕は、たくましく生きる被災者の方々の笑顔と破壊の爪痕の両方を見てきました。
そしてやはり音楽のチカラ、太鼓という楽器の持つ不変の魅力を改めて確認しました。
しかし、そこにはやはり、様々な思いを持って覚悟を決めて現地に赴いた全てのメンバーの心意気があり、それを受け止めてくれた被災地の方々の心の優しさがあったからこそ、3日間という短い時間では考えられないほどの交流を持てたのだと、強く思います。
この貴重な体験をここで終わらせることなく、僕は出来うる限り自分の言葉で伝えていきたいし、また東北にも何度も赴くことと思います。
そして、隣人に対しての意識というものをもっともっと多くの人間が自然に持ち、国内だけでなく世界中での相互支援に自然に繋がっていくような、そんな社会に向かって歩けたらよいと、心から思います。
芦屋チャリティコンサートについての報告にも書きましたが、チャリティや支援に「意味」などを考える必要は全くありません。「音楽性」という自我が必要な支援などありません。もしも自分の音楽を使って支援したいなら、意味を考えるよりも、支援の「方法」を考えるべきでしょう。
僕は、楽器そのものと演奏自体が支援に繋がるタヲを羨ましく思いますが、僕自身の音楽への探求心や欲求は元々それ自体が独立していたものであって、それとは別の道具を使った支援を少しずつ模索して実践していけばいいということを知ることが出来て、本当に良かったと思います。
*限りある移動時間の中で、可能な限り僕が撮影した街の様子の写真を載せてあります。テレビや雑誌で見られるような風景ですが、直接現地に行った自分がこの目で見た直接の風景ということに意味があるように思えますので、敢えて掲載いたします。
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2011/06/01(WED)
「2011/04/29 BENEFIT 2011、東北関東大震災復興支援/阪神淡路大震災復興支援チャリティ・コンサート」
芦屋の中村サロンという場所で坂口卓也さんが10年以上も継続されてきたアバンギャルドミュージックによる復興支援チャリティコンサート。
震災直後、音楽や芸術の力を根本から揺るがされる思いに沢山の方々が翻弄される中、このコンサートの開催を知り、ここへ行けば何かを理解出来るかもしれない、そう思い、いてもたってもいられずに坂口さんに連絡をいたしました。
会場の設営でも何でもいいので、とにかくその場に居合わせたいと思っていたのですが、「それならば演奏で是非とも参加を」という坂口さんからの思いがけない申し出があり、本当に突然の変更にも関わらず、僕の枠を用意していただいた次第です。本当に有難い思いでいっぱいでした。
出演された方々の演奏が素晴らしかったことは当然ながら、山村サロンオーナーや坂口さんの震災に対する考えや思い、また長期に渡って行政に対して行ってきた戦いのお話を直に聞けて、本当に素晴らしい体験をさせていただきました。
芦屋震災復興支援チャリティコンサートで一番感じたのは、やはり長期に渡り支援をしていく覚悟の大切さ、また、行政の仕事を鵜呑みにせず、疑問があるなら戦わなければ何にも変わらないんだという、当たり前のようで難しいことをきちんと受け止めなければいけないということでした。
そしてもう一つ僕の頭の中の霧を吹き飛ばしてくれたこと、それは「アバンギャルドミュージックによる復興支援」が有効だという事実です。
震災後、色んなアーティストの方々が音楽性やチャリティの在り方などを言及しているのを少しだけ読みました。
僕自身、自分の音楽を掘り返して考えたりしていましたが、「チャリティの在り方」とか、また音楽性云々を結びつけて考えたりすることは、それ自体が無意味じゃないかと、漠然と感じてはいました。
この辺りに関しては東北遠征でハッキリと答えが出たのですが、それは、音楽観や音楽性をチャリティと結びつける必要は全くなく、自分自身の探求心や欲求はそれ自身独立したものであるし、そして「チャリティの在り方」なんてものを考えるだけ時間の無駄だということです。単なる言葉遊びの自己満足なブログが世の中には溢れ過ぎだと僕は痛烈に感じます。
「自分はそもそも誰かを喜ばせるために音楽やってるわけじゃないから」なんて、今のタイミングで自ら表明する必要がどこにあるのでしょうか?誰かに責められたのでしょうか?おそらくは、自分自身の中に葛藤があるんでしょう。
要するに、坂口さんのようにアバンギャルドミュージックという世間一般ではまだまだ扱いにくい音楽を媒体にしたチャリティコンサートを、粛々と、淡々と継続されている方が実際に居られるわけですから、答えは既に出ているのです。
どんな音楽であれ、直接的にしろ間接的にしろ、支援は可能なのです、それを坂口卓也さんは証明しているのです。
支援に「意味」などという概念は必要ありません、支援は支援です。ここに自我を重ねようとする行為があまりにも世の中に溢れているように僕は感じています。
支援を必要としている方々が居る。それが分かっているのだから、ただ、自分に可能な限りの行動をおこせばよいだけのことではないでしょうか。
そして、僕は「音楽は道具」だと思っています。コミュニケーションツールとして使われるべき素晴らしいものが音楽だと考えています。
穂高さんがMCでおっしゃっていた言葉がずっと心に残っています。それは、「随分迷ったけど、ここに今こうして自分が来ている、この事実が大切だと思う」という内容でした、僕も本当にそう思います。
関係者の方々、出演された石上和也さん、穂高亜希子さん、炭鎌悠さん、おこしいただいた全てのお客様、また京都からわざわざ来てくれた電子山の安達くんと笹井くん、本当にありがとうございました。
※坂口さんは音薬談というブログをされていて、音楽に対する愛情や深い思い、震災などへの真摯な思いが閉じ込められています。是非ご覧になって下さい。
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